まずここを見てちょうだいなさいここも言わせてもらおう
「
手塚治虫」
その人は漫画の無限の可能性を追求した。
それがコマの活用であったり。キャラの書き分けであったり。
はたまたストーリー性であったり。
手塚治虫は変態と言われているが
歴史的に名だたる偉人には変態が多い。
有名なのが作曲家チャイコフスキーだが彼はホモだった!とね。
変態性は誰しもが持っている。
それをどう活用するか。どう生かすか。それが一番の問題。
手塚治虫は自らの変態性を巧く生かした。
萌え属性とか言ってるが本当のことを言えば馬鹿みたいな発言だ。
手塚治虫はそんな事を考えていただろうか?
属性だとかなんだとか考えただろうか?
キャラクター一人一人を目立たせるために様々な性格を付けた
それは容姿であったり、言動であったり。
萌えの元は少女マンガ。少女マンガの元は手塚漫画の一つ。
元を辿ればそういうことだ。
そしてだ。
最近の名だたる漫画家も元を辿れば手塚漫画に行く。
トキワ荘の人々
藤子不二雄(FとA)や赤塚不二夫や石ノ森章太郎などなど
漫画界の巨匠中の巨匠達の初期の作品をよく見てみな。
手塚漫画に近い部分が多い。
そしてだんだんと自らの作風にしていく。
それに影響された漫画家たちが世に出る。
つまり手塚漫画の連鎖反応だよ。略してテレンってね。
そしてだ。手塚漫画で萌えるか?と言うと話は別だ。
手塚漫画のキャラは可愛いと言う表現が一番あってる。
萌えとは違う。萌えはある意味下品な表現だ。
手塚漫画のキャラは一人一人可愛さや、美しさ、かっこよさ、醜さがある。
それは今の漫画とは違うものだ。
つまり手塚治虫と言う人は様々なジャンルを書きまくった
それがいかに生き生きしているか。それがどこまで濃密か。
それがどこまで変態的か。それがどこまで美しいか。
わしも昔は手塚漫画を嫌っていたと言うか読む気が無かった。
だが手塚漫画に少し触れてみた。
そこからだった。
手塚漫画は連載作品でも、読みきりでも
ストーリーの濃さが違った。
一つ一つに強烈な意味があった。
それは今の漫画家には生み出せない強烈な意味だ。
最後に言おう。
「手塚治虫」
彼は漫画家であり
偉人であり
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